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東京高等裁判所 昭和27年(う)891号 判決 1952年9月04日

控訴人 原審検察官 石合茂四郎

被告人 木村幸三

弁護人 佐々木茂

検察官 田中良人関与

主文

原判決を破棄する。

本件を東京地方裁判所に差し戻す。

理由

本件控訴の趣意は東京地方検察庁検事正代理検事石合茂四郎作成の控訴趣意書の通りであり、これに対する被告人の答弁は弁護人佐々木茂作成の答弁書の通りであるからいずれもこれを引用し、これに対し当裁判所は次のように判断する。

論旨第一点について。

原判決がその理由犯罪事実の冒頭の部分の後段において論旨摘録の如き事実を認定しておること、その証拠の標目の部分において所論被告人に対する精神鑑定書を挙示しておること、原判決中論旨摘録の部分が右鑑定書中アミタールインタービユウによる検査の結果被告人が鑑定人に対し供述した部分を採用して認定したものであること並に右鑑定書は原審において弁護人から被告人の犯行当時の精神状態について鑑定の申請をなした裁判所が鑑定人青木義治に右鑑定を命じ同鑑定人からその結果を報告したもので原審裁判所は訴訟関係人の意見を聞いてその証拠調をしておることはいずれも訴訟記録に徴し所論の通りである。仍て先ず原審が右精神鑑定書を事実認定の資料としたことの当否を審案するに鑑定の経過及び結果を記載した書面で鑑定人の作成したもの(鑑定書)は検事及び被告人がこれを証拠とすることに同意した場合を除きその鑑定人が公判期日において証人として尋問を受け、その真正に作成されたものであることを供述したときに限り刑事訴訟法第三百二十一条第一項の規定にかかわらずこれを証拠とすることができるものであることは同条第四項第三項、第三百二十六条の規定に徴し明らかである。然るに右精神鑑定書は前叙の如く原審において弁護人が被告人の犯行当時の精神状態を立証するためにした鑑定の申請を許容しこれを鑑定人より提出されたものであつて、その他の犯罪事実に関する立証としてなされたものでないばかりでなく、右鑑定書を犯罪事実認定の証拠とすることについて検事及び被告人が同意し同趣旨に基く証拠調がなされた形跡は記録上全く存しない。ところが原判決を検するに原審は右鑑定書を被告人の犯行当時の精神状態を認定する証拠としたばかりでなく更に進んで所論アミタールインタービユウによる検査の結果被告人が鑑定人に対してなしたもので果して任意にされたものと認むべきかが明らかでない供述部分を犯罪事実認定の証拠としておることが明らかであるが、かような鑑定書の部分を犯罪事実認定の証拠として採用するがためには原審としては特にこの点につき訴訟関係人の意見を聞くは勿論これを犯罪事実認定の証拠とすることに同意するか否かを問い若し検事及び被告人が同意しない場合は公判期日において鑑定人を証人として尋問しその他適当な手段を尽し右鑑定書中の被告人の供述部分が特に信用すべき情況の下になされ且任意性あるものであるかどうかを確める等慎重を期すべきであるのに原審はかかる手段を尽さず漫然と訴訟関係人の意見を聴いただけで証拠調をなしこれを犯罪事実認定の証拠とすることの同意を得ることなく直ちにこれを採つて犯罪事実認定の証拠としたことは結局採証手続上の法令違反あるに帰し、且つ右違法は判決に影響を及ぼすことが明らかであるから論旨は理由があり、原判決は爾余の論旨に対する判断をなすまでもなく破棄を免れないから刑事訴訟法第三百七十九条に則りこれを破棄し同法第四百条に則り本件を東京地方裁判所に差し戻すべきである。

仍て主文の通り判決する。

(裁判長判事 小中公毅 判事 渡辺辰吉 判事 河原徳治)

控訴趣旨

原審裁判所は本件公訴事実に対し強盗傷人罪に該当するものと認めたが、同時に被告人は本件犯行当時心神耗弱の状態に在つたものと認定し、被告人を懲役三年、五年間右刑の執行を猶予する旨判決した(検事求刑懲役六年)。しかし右判決は次に述べるように、訴訟手続に法令の違反があり、且事実に誤認があり、これらの違反及び誤認が判決に影響を及ぼすことが明らかであり、然も刑の量定が不当である。

一、第一に原判決は証拠能力のない書面を証拠とし、それによつて事実の認定をした違法がある。即ち判決理由中犯罪事実の項に「与太者にいいがかりをつけられ、殴られたあげく 金をとられたので、しやくにさわり酔つたまぎれに仕返しをして金を取りもどそうと考え、再び帰宅し、調理場に置いてあつた自己所有の刄渡り九寸の刺身包丁一丁を持ち出し与太者の姿を求めるうち」と判示し、その証拠の標目として押収にかかる刺身庖丁一丁の他鑑定人青木義治作成にかかる被告人に対する精神鑑定書を挙げている。しかるに右精神鑑定書は原審において弁護人から被告人の犯行当時の精神状態について鑑定申請があり、裁判所が鑑定人青木義治に鑑定を命じ、鑑定人から右鑑定の結果を報告したもので、裁判長は原審第七回公判期日に訴訟関係人の意見を聞いた上その証拠調をしている。従つて右精神鑑定書は被告人の本件犯行当時の精神状態を立証する為に提出されたものであつて本件犯行そのものの事実認定の資料として証拠調をされたものではない。犯罪事実認定の証拠としては検察官は右書面の証拠調に対し、同意していない事は公判調書に徴し明らかである。

それのみでなく右精神鑑定書中被告人が与太者に殴られ、金をとられ云々と言うことは、右鑑定書第二四丁以下の「アミタールインタービユウ」による検査の結果、被告人が鑑定人に対し供述したものである。しかしてこの検査は催眠薬アミタールソーダを静脈注射し、軽度の意識溷濁を起させて、被検査者が故意に隠していたことや忘れていた記憶を再念さすのであつて、その結果得られた供述は、薬によつて強制されて得られたものである。即ち被検査者の予定していない供述が薬の為に出るので、この供述は供述者が任意に述べたものとはなし得ず刑事訴訟法第三二五条によつてこの部分は証拠となし得ない。

然もその検査の確実性については疑問のあるところで、鑑定人自身も同鑑定書第二八丁でこれが本当の記憶としてよみがえつたものか、仮性的に創作された記憶か「本検査そのもののかかることに対する基根的限界が今のところ尚検討を要する状況にあるもののように考へられるので何んにも言いかねない。」と説明している通りである。

このように右検査は精神分析の一補助手段としての価値がある程度で刑訴上は信憑力はなく、現に原審に於ける他の各証拠と対照してもこの供述を裏ずけるものは何等見当たらないのであつて仮にこれに対し訴訟関係人が証拠調に同意しても刑訴法第三二六条第一項の供述された時の情況が相当であるとは認め得られない。従つて右鑑定書の前記「アミタールインタービユウ」による被告人の供述の部分は絶対的に供述能力あるとするならば一般的に被疑者に対し捜査官が本検査を施行しその自白を求めるにいたるであろう。そのような事が許されない事は多言を要せずして明らかである。従つて右精神鑑定書の前記部分を証拠として事実の認定をした原審は訴訟手続に法令の違反があり、その違反が判決に影響を及ぼす事が明らかであるから原判決は破棄を免れない。

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